執着を緩めよう

バランスした心づくり

こんにちは、
さやはるvedaのさやかです。

ヨガを通して、
執着という言葉を知り、
日々向き合ってきました。

ただ、
まじめということ自体が
執着に繋がっていたとは…

今回はまじめ=執着と知って、
執着が緩んだエピソードについて、
お届けしたいと思います。

痛みに執着!?

お世話になっている
鍼灸師の方のセッションで、
痛みの相談をした時のこと。

私はスポーツの古傷と
内臓系が弱りやすいせいか、
頭、顔、首の痛み、
胃の痛み、尾てい骨の痛み、
極度の冷えなどなど、
長年身体にトラブルが絶えず…。


セルフワークを教えていただき、
日々継続して少しずつ軽減するも、
痛みがなかなか引っ込まず、
やり方に問題がないか相談したところ。

“毎日まじめに取り組んで、
今日こそは治れ、
今日こそはと思っているうちに、

今日も治っていない、
あそこが痛い、ここも痛い、
と痛みにフォーカスが行ってしまう。

そうすると、
治したい気持ちが執着となって、
執着が結果を邪魔することになる。

それはつまり
元気でない前提で生きているということ”

と言われました。

ハッとするしかない一言。


私は毎日一生懸命
ワークに取り組むあまり、
元気でない自分にフォーカスをして、
元気でない前提で生きてしまっていた


(生きる前提については、
少し前の記事で触れましたが)

その元気でない前提を
作っていた原因は執着


まず、
自分に“元気な前提”を落とし込み、
元気な自分にフォーカスする。

そうすると自然と
元気な証拠集めを始めるようになる。

それだけで、視野が変わります。


そしてその執着の力みが緩むだけで
頭や顔の痛みが軽減するという…

自分のバランス力の悪さを
改めて痛感したできごとでした。

まじめ=執着の方程式

このことをまとめてみると

まじめ=いこじ
=ものごとに執着しやすい
=バランス力を失いやすい
=力みが結果の邪魔をする


こうなります。

私が一般的にどの位まじめなのかは
自分ではよく分かりませんが、
自分が信じたことに対しては、
一途に取り組む方だと思います。

緩みつつありますが完璧主義な面もあり、
バランス力が悪いと感じることも多々。

つまり、私は
”まじめなあまり、
無意識にモノゴトに執着してしまい、
だからバランスを崩しやすかった”
様です。

今までまじめであることが
執着とすら気づいていませんでした。

でも、まじめ=執着と
気づいただけで緩めることができる。

身体の痛みが
大きな気づきに繋がりました。

流れに身を任せる感覚

今回、
執着に繋がったのは“痛み“でした。

でもまじめ=執着
の意識で内観してみると、

私の
人生を懸命に生きようとする想いが、
たくさんの執着を生んでいた
こと
に気づきました。

自分を探る中で見つけた自分、
自分はこういう人間という捉え方、
自分の体験や経験(思い出)、
その学びからくる自分の考え方、
などなど。

自分が今まで積み上げてきたものに、
どれだけ執着しているか



自分の過去を否定するとか、
何かを大事にすることが悪い
ということではありません。

想いが強すぎるあまりに、
そこに執着が生まれ、手放せなくなり、
その世界に囚われすぎてしまうと、
視野がものすごく狭くなる。

そうすると生き辛くなってしまう。
まさに今までの私自身です。


瞑想の時に感じられる、
流れに身を任せる感覚。

唄を作る時に感じる、
唄は授かりものだという感覚。

そんな緩んだ感覚をもっと
日常に広げていきたいなと思います。

おわりに

もし、
全ての積み重ねや
前提(価値観)をリセットしたら、
目の前の世界がどれだけ変わるか
と、
考えてみてください。

自分の見えている世界が、
自分が経験してきた世界が、
全てではないんだという意識。

だからこそ、
どの価値観で生きるか、
どの前提で生きるか、
どの心地よさで生きるか、
自分で選べる、選び直せるということ。

正解不正解はないから、
信じてしがみついてきた想いを
手放したって大丈夫だということ。

そういう意識を持つことで、
私は自分の持っている価値観を
緩めやすくなりました。


私もまだちょっと恐い時もあるけど
大丈夫、一緒に緩みましょう!

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今日も最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。

みなさんが、
心から自分を大好きになって、
ナチュラルで幸せな毎日を過ごせますように。
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