死別と心①~対象喪失とモーニングワーク~

バランスした心づくり

こんにちは、
さやはるvedaのさやかです。

今回は、
愛する人の喪失における、
対象喪失とモーニングワーク
の考え方についてまとめます。

対象喪失

対象喪失とは、文字通り、
「対象を喪失する」ということです。

対象とは、
人間にとっての愛情・依存の対象のことであり、
それが、ものであれ、人であれ、
その人にとって愛情・依存の対象となる
全てのもののことを指します。

対象喪失の種類

対象喪失は大きく
二種類に分けることができます。

ひとつは外的対象喪失、
もうひとつは内的対象喪失です。

外的対象喪失とは、
自分の外部にある人物や環境が
失われてしまうこと。

例えば、
近親者の死、失恋、転職、移住などが
それにあたります。

また、内的対象喪失とは、
人間の心の中だけで起こる喪失のことで、
人間関係における失望や裏切りなど
が挙げられます。

この外的・内的対象喪失の両方の要素を含み、
人間にとって最大かつ最終的な対象喪失が、
「自己の死」です。

世の中には様々な対象喪失があり、
大小はあるものの、
人は何らかの対象喪失を経験しながら
生きていくことになります。

モーニングワーク(悲哀の仕事)

対象喪失の中でも外的対象喪失に含まれる、
近親者の死における対象喪失と人の心について
見ていきたいと思います。

人は、近親者の死という喪失を通し、
どのような心理体験をしていくのでしょうか。

そのことに対する有名な研究が、
フロイトの「モーニングワーク
(日本語では悲哀の仕事)」です。

フロイトは父親を失った自分の経験を元に、
対象を喪失した人間が経験する情緒体験を、
いくつかの段階に分けて考え、
その心理過程をモーニングワークと名づけました。

ここでは、
親近者の喪失という場合にあてはめて、
フロイトのモーニングワークをまとめます。

フロイト モーニングワークの段階

①第1段階

第1段階では、
まず衝撃という感情が出てきます。

依存・愛情の対象が
突然いなくなってしまったことへの衝撃は、
想像以上に大きいです。

大抵の人は、情緒危機になり、パニックに陥り、
どうしたらよいのか分からなくなります。

受け止めなければならない現実が重すぎて、
自分を見失い、
感情のコントロールが出来なくなります。

衝撃という感情と
ほぼ同時期に経験するのが不安です。

頭を思い切り殴られたような衝撃が少し薄れ、
現実がぼんやり見えてくると、
これからどうやって生きていくのか、
何のために生きていくのかなどの、
不安が出てきます。

これは、
今までいるのが当たり前であった対象に、
頼り、甘えていた部分を、
全て自分だけで背負わなければ
ならなくなることを目の当たりにし、
自身を喪失してしまうためです。

ここで感じる不安とは、
対象がいなくなってしまったこと自体
(対象が死後どうなるか、どんな想いで死んだのか等)
に対してというよりは、
対象を失った自分への心細さ
に対しての不安が大きいようです。

ある程度、衝撃や不安が落ち着いてくると、
次に思慕と執着といった感情が表れます。

人は、失って初めて、
その人の存在の大きさや、
その人からの愛情に気付くものです。

それは、
今まで何の疑問も感じず、
特に意識することもなく
満たされていた愛情や甘えが、
満たされなくなることで、
そこに苦痛を覚えるからです。

失った対象が自分にとって
大切なものであればあるほど、
また依存していれば依存していたほど、
その対象を失った苦痛は
耐え難いものとなります。

こうした苦しみの中で、
喪失した対象に会いたいという思慕の念や、
失った対象をどうにか取り戻そうとする
執着の念が出てきます。

苦痛が強ければそれだけ、
慕募や執着といった感情も強く表れます。

残された人の中には、
喪失した対象を夢や頭の中で
何度も何度も回想したり、
対象の死について
現実を受け入れられない人もいます。

②第2段階

第2段階になると、
再生と同一化という感情が表れます。

再生とは、失った対象を再生し、
保持したいと考える感情のことです。

写真を見返したり、思い出話をするなどして、
失った対象を再生し、記憶に刻むことで
自分の中に失った対象を保持しようとします。

繰り返しの回想であることや
対象への強い想いが影響して、
死以前よりも、理想化された形で再生され、
保持されることが多い様です。

同一化というのは、
死者の生前の想いを満たしてあげたい
といった気持ちからくる感情です。

死者の果たせなかった思いや、
死者ならこうするだろうといったことを、
自分自身が対象と同一化し、
対象の変わりに自分が実行する。

そうすることで、対象に対する
自分の想いを整理していきます。

その次に表れる感情が、
悔やみと償いの感情です。

悔やみとは、生前の対象への、
思いやりが足りなかった、
もっと何かしてあげればよかった、
どうしてあんなことを言ってしまったのだろう、
といった自責や罪意識のこと。

そして、
どうにかしてそのことを償い、
対象との関係を修復したい
と願うようになります。

しかし、
素直になれずに言い出せなかった気持ちや、
してあげられなかったことを、
対象の死後に償うというのは非常に難しく、
自分を責め続けるケースも少なくありません。

死者への悔やみの気持ちは、
やがて死者への怒りという感情へと
変化していきます。

いなくなってしまった対象に対し、
どうして自分を残していってしまったのか、
もし死ななければこんな状況にはならなくてすんだのに、
といったような怒り。

これは、
その対象がずっと近くにいると思っていたため、
対象のがいなくなってしまったこと=死を、
裏切りと感じてしまうからです。

耐え難い自分の運命に対する怒り
というのも感じるようになります。

③第3段階

第3段階では、
断念という感情が表れます。

様々な感情を体験し乗り越え、
対象を取り戻そうとする試みが不毛であり、
自分にはとても不可能なことだということを
心から理解した時、
人は対象を取り戻そうとすることを断念します。

ただし、
断念とは受容することではないため、
断念という感情に伴い、
激しい絶望も味わうことになります。

自分の力では手に負えない、
事実を変えることができない、
対象を生き返らせることもできないと、
全てを投げ出したくなるような感情を経験します。

④第4段階

第4段階では、受容という
それまでとは全く異なる感情が表れます。

モーニングワークの最終段階である受容は、
死者への強い思いを断念し、
絶望の気持ちから脱した状態になります。

失った対象から離脱し、
新しい対象を求める自由な心を
持つことができるようになります。

死の現実を認め、受容し、
同じではないにしろ失った対象に値するような
新しい対象を探し始めます。

ただし、受容とは、
死者を忘れ去るということではありません。

心の中に死者の居場所を作りつつ、
対象喪失により変化してしまった自分を受け入れ、
前向きに進んでいくということです。

死別後の環境の変化に適応して
変わった自分を肯定して
受容することができるようになった状態が、
モーニングワークでの最終段階となります。

その他のモーニングワーク

①死の予期

交通事故などで突然
対象喪失を経験するのではなく、
病気などで予期した上で対象を失う場合。

このような場合「予期によるモーニングワーク」が、
死が迫っている人と近親者との間でおこります。

現実としてのお互いの関わりは続いているものの、
心の奥ではその対象を失い始めている状態。

その中で人は、
これまで生きてきた間の様々なことを
精算したいと感じるようになります。

それまで拘束されてきた、
この世の利害や愛憎を手放した上で、
はじめて相手に対して素直な気持ちを出し、
それまで心の中で思っていたことや、
誤解を解消したり、
愛を確かめたりすることができるのです。

しかし、
死の予期についても感じ方はそれぞれで、
告知を受けたことで
貴重な時間が過ごせたという人と、
悲哀が大きすぎて逆に何もできなかった
という人とに分かれるようです。

②葬儀の影響

葬儀は、対象喪失した者=遺族が、
愛情・依存の対象を失ったという
事実を実感する機会となります。

死の事実を受け止めることは、
モーニングワークの上でも大切なことです。

また、葬式という儀式は、
対象喪失者に公的な場への復帰を促す作用もあり、
親戚や友人が集まることから、
遺族に「一人ではない」という
心の支えが生まれることもあります。

遺族が、死者の人生を振り返り、
死者との関係において
自分自身を見直す機会にもなります。

③フラッシュバック

フラッシュバックとは、何かのきっかけで、
悲しみや不安や怒りや恨み、
そして死別の際の情景が、突然心の中に思い出され、
襲ってくることをいいます。

モーニングワークでも様々な段階において、
フラッシュバックは起こります。

その突然の心の動きに混乱し、
人は心と体のコントロールが
効かなくなってしまいます。

これは実は、
死者のことを思い出して
胸が痛くなっているのではなく、
そのような苦しい状況に置かれた
自分のことを思い出し悲しみ、
涙を流していることも多いようです。

フラッシュバックが起こった場合、
まずはその感情を感じ切るということが
乗り越える上でとても大切になります。

(以上、2007年に書いた卒論より引用)

まとめ

モーニングワークを
終えたかどうかの目安は、
個人のことを苦しまずに思い出せるかどうか
だと言われています。

大切だった対象を思い出す時に
悲しみの気持ちが生じるのは自然なことですが、
号泣したり、胸が締め付けられたりといった
激しさを伴わずに思い出せるようになった時、
対象喪失による傷は回復したとされます。

健全な受容には、
時間の経過による心の回復を
ただ待つだけではなく、
自分の心や悲しみと向き合って、
自分の心の傷を癒すための努力が、
多少なりとも必要とされます。

悲しみや苦しみに辛いからと蓋をせず、
愛する人の死と向き合い、
様々な段階の情緒体験を通して
愛する人の新しい居場所が心の中にできる。

その日まで、
モーニングワークは続きます。

私が悲しみの渦中にいて、
前が見えずに苦しかった時、
モーニングワークの考え方は
1つの道しるべになりました。

少しでも参考になれば幸いです。

今日も最後まで読んでいただき、
ありがとうございます。

悲しい想いをされている方へ、
少しでも生きる光になりますように。

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