母の死を振り返って②

バランスした心づくり

こんにちは、
さやはるvedaのさやかです。

私たち姉妹は、
それぞれが高校3年生・中学3年生の時に
母(享年47歳)を亡くしました。

前回に引き続き、
母を亡くした時のことを振り返って、
自分自身の体験や気づきを綴ります。

今回は、
母の死から1年目~2年目
(2002年9月~2004年9月)
までのこと。

モーニングワーク

別記事で紹介している
モーニングワーク。

依存・愛情の対象を喪失した人間が、
どのような精神体験を持ち、
どんな心理体験をしていくのかを
研究しているものとして有名なのが、
フロイトの「モーニングワーク」です。

母の死後1-2年目の私の情緒体験を
モーニングワークを参考にしながら、
振り返ってみたいと思います。

第1段階前半「衝撃と不安」

母を失うと、
様々な感情が一気に
襲いかかってきました。

自分が理解していた以上に
母の存在は大きかった。


自分がどれだけ母を必要とし、
愛をもらっていたかが、
失ってみて痛いほど感じ取れました。

今まで人生の道しるべを示していてくれた
母親を失うことでの不安感も、
想像を絶するほどのものでした。

今まで普通にやってきたことでも、
自分の行動に自信がなくなったり、
この先どうしていったら
いいのかわからなくなったり。

明かりのない真っ暗闇の中を、
手探りで歩いているような、
不安で不安でどうしようもない気持ちで
しばらく心はいっぱい。

生きていくことが
こわくて仕方ありませんでした。


第1段階後半「思慕と執着」

もう一度会いたい、
もう一度一緒に笑いたい、
もう一度ぬくもりを感じたいと、
そんな気持ちが何度も何度も
強く現れました。

母の死を頭では分かっていながら、
心では納得しきれない状態。


夢でいつも通りの母の姿を見て、
朝起きて、
母はもういないんだということを
再確認させられて、
泣いたことも何度もありました。

どうにかして
母のいた日々を取り戻したい、
母に戻ってきてほしいと
願ってやまなかった。

母に会えるのなら、
死んでしまってもいいとさえ思うことも。

家でボーっと考え事をしている時に、
「帰りたい」とつぶやいていたことも
何度もありました。
家にいるのに、あの頃に帰りたかった。

母に戻ってきてほしいという気持ちは
なかなか手放すことができませんでした。

第2段階前半「再生と同一化」

母を保持していたいという気持ちは
ものすごく強いものでした。

例えば葬儀が落ち着いた直後から、
家族の写真をすべて整理して、
私は無我夢中で写真を飾っていたことも
その一つ。

母のことを忘れたくない、
母がここにいたことを証明したかった。

母がいないことを認めるような
行動はしたくなかったし、
亡くなる前と同じでままでいたい、

そんな気持ちがいつもありました。

第二段階後半「後悔・償いと怒り」

もっと母に優しくしていれば良かったと
後悔することも多くありました。

肩をもんでほしいと言われたのに
ふくれっつらをしていたり、
ちょっとしたことで反抗的な
態度をとってしまったり。

とにかく素直じゃない娘で、
たくさん苦労をかけたので、
後悔することばかりでした。

でも、後悔しても、
もう直接謝ることはできなくて、
気持ちを向ける先がないことが苦しかった。

母が死んでしまったことに対する
怒りの気持ちはあまり出てきませんでした。

むしろ、自分が母へしてきた事を考え、
自分が与えたストレスが
母を死に追いやってしまったのではないか
という気持ちのほうが大きかった。

その償いとして
母の仏壇をきれいに保ったり、
日々話しかけたり、
笑顔のある生活を避けたり。

今まで迷惑かけてきたことへの
申し訳ない気持ちを
何とか落ち着かせようとしていました。

そしてその後悔や気持ちは、
季節の思い出と共にふとした瞬間に
何度も現れる感情でした。

第3&第4段階 「断念と受容」

私が母を失ってからの2年間で、
断念や受容の段階まで至ることは
ありませんでした。


何かのきっかけですぐに涙が出たり、
周りから自分を完全に
シャットダウンしてしまったりと、
鬱のような状態が続く日々。

1年目から2年目にかけて、
落ち込む回数は減っていきましたが、
2年間は気持ちがかなり不安定でした。

母の死を受け入れるためのプロセスを、
少しずつ踏んではいたのだと思います。

でも、
悲しみの渦の中にいた私にとっては、
いつまでも癒えない悲しみや自分の不安定さに、
これからの未来に対する不安ばかりが募り、
とても辛い日々でした。

性格の変化

母の死が私の心にもたらした傷は
とても大きいものでした。

もうこれ以上傷つきたくないという思いから、
人に対して壁を作るようになりました。

母の死で傷ついた私のナイーブな心を
誰しもが理解してくれるわけではない
という経験を重ねるうち、
人に対して心を開くのが怖くなってしまった。

また、母がなくなってからの私は、
暗い気持ちになり、
泣くことが多くなっていました。

それまでの自分は、
もっと元気で明るくて
何事にも前向きであったのに、
自分の変化に動揺しました。

自分のことが好きでなくなり、
いつまでも悲しんでいる自分に対して、
悲劇のヒロインぶっているのではないかと
自己嫌悪になることもありました。

もっと普通に元気に暮らしたいと、
前の自分に戻れたらどんなにいいかと
願う気持ちと、
母を失った悲しみを手放せない自分との葛藤。


とても苦しい時間でした。

(以上、2007年に書いた卒論より引用)

まとめ

母を失ってからの2年間というのは、
1日1日が本当に長く、
多くの心を経験し、考え、
悩み、苦しんだ時期でした。

日々を心から楽しいと思っては過ごせず、
いつもどこか心に穴が空いている感覚。

笑顔になったり、
元気に明るくなったりすることは、
母の存在を軽く扱うような気がして、
しばらくは生きていることを楽しんではいけない
という気持ちさえ持っていました。

第1&第2段階を行ったり来たりして、
本当にすこーしずつ、
悲しみの感じ方が
弱くなっていったように感じます。

悲しみが癒えるまでに
時間を要するタイプだったのかもしれません。

でも、
その時間は確実に必要なものだったと、
今振り返ると思います。

感情をしっかり感じ切ることを諦めないで、
死の事実と悲しみと
納得がいくまでたくさん涙を流して、
向き合ってもらえたらと願います。

今日も最後まで読んでいただき、
ありがとうございます。

悲しい想いをされている方へ、
少しでも生きる光になりますように。

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