優しさのシャワーを注ごう

バランスした心づくり

突然ですが、日々、
ご自分に優しく過ごしていますか?

自分に優しくするって
どういうことでしょうか?

私は最近、
その方法を色々と模索中です。

今回は”自分への優しさ”について、
お届けしたいと思います。

歴史の叡智から学ぶ優しさ

最近の私のテーマである、自己受容。

そのために、
自分に優しくすること、
自分を愛すること。


私は、
1年ほど前に自分を許すことを始めてから、
様々な過去を癒しながら、
自分の握りしめてきた価値観を手放してきました。

身体の不調や心のクセ、
持ち物や人間関係を徐々に調えて、
心地よさを増やして過ごす日々。

そうして周りが調って、
自分の本質の周りの霧が晴れていった時、
何が見えたか。

それは、根深い自己否定でした。
(ネガティブ方向の強い自我とも言えます)

それまでも自分を許すために
試行錯誤していましたが、
余計な声が消えた時、
自分の軸にある強い否定が
クリアに分かる様になりました。

それは、
“生きていること自体への罪悪感”
の様な自己否定。

これまでの価値観や過去と向き合った中で、
母との関係やその他の経験を整理するだけでは、
手放しきれないと感じる様な根深い自己否定。


それが見えた時、
ふとヨガ哲学の学びを深める必要性を感じ、
改めて学ぶことにしました。

もちろん、
1年前のインストラクターコースでも勉強しましたが、
自分の中でその後かみ砕いた上で、
更に今深めていくことで自己整理が進んでいます。


紀元前7世紀頃、
今から2000前以上も前から、
人々が人生の根源的な“苦”を解消するための
教えをまとめているヨガ哲学。

歴史から学ぶことの意味を
改めて感じています。

歴史の叡智には、
心を調えるためのヒント、
自分を客観視するためのヒント、
抽象度を上げて生きるためのヒントが、
見事に詰め込まれています。

それを1つずつ腹に落としていくことで、
自分への優しさが深まっていく。

学びによって自分を癒していくことができる、
そんなことを実感しています。

ヨガ哲学からの学びについては、
自分自身を深堀りしながら、
またシェアしていきますね。

感覚から取り込む優しさ

前回のメルマガで書いた、
右脳と左脳=感覚と思考のバランスの話。

ヨガ哲学が思考からの癒しだとするなら、
感覚からの癒しも必要なのだと思います。


最近では日常に、
クリスタルボウルの響きを取り入れたり、
香りを取り入れる様に意識しています。

クリスタルボウルについては、
いつかまたゆっくりご紹介できたらと思いますが、
ヨガのクラスでも用いられることがある楽器です。

水晶でできていて、
ヒーリング効果が抜群。

ぜひ一度聞いてみて下さい。
女神のクリスタルボウルチャンネル


香りは、
アロマディフューザーを活用したり、
身につけたりしています。

香りを嗅ぐだけで
呼吸が深くなる不思議。

ちなみに以前、
アロマセラピストのアネルズあづささんの
お話をpodcastで聞いた時に、
”アロマは認証商品を使用すること”
とおススメされていました。

嗅覚という敏感な部分を刺激するからこそ、
品質のいいものを選ぶようにしたいな
と思っています。


また、
自然の中に身を置く時間も、
意識的に作るようにしています。

自然の中にいると、
自然と思考が手放せて、
感覚が研ぎ澄まされていくように感じます。

青空を見上げ、
太陽をいっぱいに浴びて、
鳥の声や風の音に耳を澄まし、
足の裏で湖の冷たさを感じ、
木々の香りを胸いっぱいに吸い込む。

5感をフルに活用して、
エネルギーを与えて調えてもらう感覚。


このように、
思考を超えた部分で
自分への優しさを注ぐことは、
深い部分での癒しに繋がり、

根深い自己否定にとても有効だと感じます。

肉体への優しさ

肉体を労わる、
ということも自分への優しさには、
欠かせない要素と言えます。

私自身、もともと、
身体を優しく取り扱おう、
という意識があまりありませんでした。

怪我は勲章というか、
怪我をしても走り続けたりとか、
睡眠を削って頑張り続けるとか、
日焼けなんて気にせず真っ黒になるとか、
美味しければ気持ち悪くなるまで食べるとか…

身体はギリギリ限界までコキ使うもの、
みたいな感覚がずっとありました。

でも身体への労りは、自己愛には不可欠。

そのことを、
呼吸法をきっかけに感じるようになり、
身体の扱いに優しさを取り入れ始めました。


もともとがガサツなので、
優しく扱うということが苦手で、
少しずつですが…。

深い呼吸を意識すること。

身体にいいものを使ったり、
口にしたりすること。

体内のことをイメージしながら、
飲食を楽しむこと。

日常の身体の使い方、
身体の巡りに意識を向けること。

日々の洗う、潤す等のケアを、
愛情を込めて行うようにすること。

自分にかける言葉、
使う言葉を心地よいモノにすること。

そんなことを意識して過ごしていくと、
少しずつ自分の扱いが優しくなって、
自己否定も癒されていくように感じます。

おわりに

お庭の花や木に、
毎日優しい声をかけると元気に咲く、
とよく言われます。

それと同じように、
自分の身体にも心にも
愛情と優しさを注いであげる。


私はどこかで、
自分に優しくするなんて私の柄じゃない、
というような気持ちがあった様に感じます。

どこか強がっていたのでしょうか。

色々なものを手放していく中で、
優しさが必要なことを認めて、
自分に優しくなってもいいんだと

思えるようになってきました。

自分への優しさが、
自分を満たすことへ繋がり、
自分が愛で満ちた時、
周りへの愛としてあふれ出すのだと思います。


あなたはどんな優しさのシャワーを、
自分に注いであげていますか。

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